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先日、拙稿を琉球新報に載せていただいた。
健堅の遺骨発掘の本掘りが終わり、その結果内容の報告が主旨であった。
今回結果として遺骨の収集には至らなかった。今後のことは今月下旬に発掘メンバー皆さんとの会議で決めていくことになる。
ひとつやはり気になったことがある。拙稿にも書いたのだが、大人たちが沖縄の若者に対し本当の意味での”平和のための場所を提示してきたのか”ということである。
ひめゆりの塔・平和記念公園の平和の礎・辺野古新基地反対の座り込みなどを中心に、大人たちが平和学習の場を示している。新聞・テレビも連日報道を続けている。
しかし、今の若者たちは新聞も読まなければテレビも見ない。学校で行った平和学習も授業の一環として参加させられただけで、彼らの心に残った体験にはなっていない。
大人たちからの一方通行的な経験・情報の押し付けでは、若者たちの反戦意識は育たない。目の前の生活重視の観点から、就職状況を改善してくれた保守陣営に投票してしまう若者も多い。
75年前に起きた沖縄戦。
今ある戦争への危機。
これが結びつかなければ”平和のための場所”は提示できない。
今年は沖縄県議選がある。
10代・20代・30代の取り込みが出来なければ、沖縄県政が危うくなる選挙の年である。